サイドストーリー

HAGANE Ver1 第四章 「肉の器と機械の器 SPIRIT」
・・・・・・早朝
まだ日も昇らないうちからガレージには熱気とオイルのにおいが漂っていた
白銀と戦う俺の機体の整備
護衛として出撃する六機のMTの整備
補給車に武器弾薬や予備の装甲やユニットを乗せたりと、整備班は大忙しだ
俺は最後に、自分の機体をチェックするためにここへ来たのだが・・・・・・
俺の出番にはまだ時間がかかりそうだった

「・・・・・・調子はどうですか」
ベンチに座っていた俺に後ろから話しかけてきたのはキースだ
キース達研究員の一部も今回の作戦に同行するので、いつもの白衣ではなく野戦服を着ている
「体の調子は問題無い・・・・・・」
だが、正直なところ少しばかり気が重い

「・・・・・・すみません。あんな大口叩いておいて・・・・・・」
申し訳なさそうな声で誤るキース
結局、新型のショックアブソーバーは間に合わなかった
キース達のチームなら黒銀の仕様に耐える物も作れたかもしれないが・・・・・・
時間も資金も材料も、上の理解までもが足りなかった
今仕方なく積んでいるのは、今までのショックアブソーバーをバリバリにチューンした物だ
通常の機体ならそれでオーバースペックな程だが、黒銀には不十分だ
「まったく、お前らたいした化け物を作ったもんだよ・・・・・・」
そう言って機体を見上げる
黒い巨人は、今は整備が終わった両腕を取り付けているところだ
「この機体は、次世代の標準を目指して作った機体ですから」
「それにしてはぶっ飛びすぎてるな」
「ようするに、次世代機はロスト・テク満載のぶっ飛んだ機体がうじゃうじゃ出てくるって事ですよ」
「あまり想像したくは無いな・・・・・・」

「火星人がいるかもしれないってニュース見ました?」
「いや?」
「しばらく前に、ミラージュの光学機器部門だかどこかが望遠鏡を打ち上げたじゃないですか」
「ああ、ハッブル宇宙望遠鏡だっけか?」
「それです。火星を観測したら、基地らしき施設とACらしき物体が見つかったとか」
「火星って人は住めないんじゃなかったか?」
「それが、テラ・フォーミングされてたらしいんですね」
「ほう・・・・・・」
「で、そのACが首を振ってたとか・・・・・・」
「なんだそりゃ?昔のACじゃあるまいし」
首振りAC・・・・・・
レーダーで敵を探索する時に、首を振るACの事である
一昔前のレーダーは機械的に方向を変えてやらねばならず、頭部にレーダーを積んでいるACは探索中は常に首を振っていたのだ
「火星ではフェイズドアレイレーダーが未開発なんじゃないですかね」
レイヤードから地上に出る前、少なくとも俺が生まれる前からフェイズドアレイレーダーは実用化されている
フェイズドアレイレーダーのおかげで現在のACは首を振らなくてすむようになった
細かい説明は省略するが、機械的にではなく電気的に電波の方向を変えられるようになったのだ
・・・・・・閑話休題
「・・・・・・まさか火星人が侵略して来たりしないだろうな」
「そんなまさか・・・・・・でも、ACとなると、漫画や小説に出てくるようなタコみたいな宇宙人よりは手ごわそうですね」
・・・・・・などと出撃前に世間話をしているのは気を紛らわすためだ

白銀を倒せるかと聞かれたら俺は五分五分と答えるだろう
だが、コアに傷を付けずにメインコンピューターを持ち帰れるかと聞かれたら・・・・・・
ほぼ無理だと答えるだろう
ACの一番の急所と言えばコアだ
ジェーネレーターやラジエーター、そしてパイロット
装甲を貫通し、それらに当たればまず致命傷となる
それを無傷で無力化しろというのだ・・・・・・

「・・・・・・やっぱり契約破棄ですかね」
依頼主であるキースもそれは分かっている
自分の依頼は無茶な注文だと・・・・・・
「いや、やる」
「無理だって分かっているのにですか?」
「報酬、受け取ったからな・・・・・・」
「あなたも変わり者ですね、報酬で自分の過去を調べてくれなんて」
「ああ、骨の髄どころか頭の中身まで変わり物だからな・・・・・・」
「それ・・・・・・なんの冗談ですか?」

記憶を取り戻してから二日
俺は勤めて過去の記憶の事をを思い出さないようにしていた
訓練に集中している時は良かった
だが、睡眠でも仮眠でも必ずあの悪夢を見る
大切な人の死と初めての殺人の記憶
殺され、殺す夢
そして目が覚めるたびに、俺はその記憶を封じようと悪戦苦闘した
もう、うんざりだ

「ディアさん?」
「うん?」
「整備、終わったみたいですよ」
顔を上げると、丁度整備判のツナギを着た男が俺を呼びにこちらへ歩いてくる所だった
「機体の最後のチェックは自分でですか・・・・・・昔のパイロットみたいですね」
「自分が命を預ける機体だからな、最終チェックくらいは自分でやる。これは今も昔も変わってないさ」
「何も考えてなさそうで、実はいろいろと考えてるんですね」
ああ、それはどうだろうか
などと思いながら俺は黒銀の方へと歩いていった


出発の時間が来た
エレベーターで次々と地上へとトレーラーが運ばれていく
俺が乗っている指揮車も地上へと上がっていく
久々の地上だ
最早懐かしくさえある
入り口にあるあの装置は今は動いていないようだった
「そういえば・・・・・・」
「なんですか?」
「あの装置は何なんだ?」
「アレですか?アレは空中にスクリーンを投影してカモフラージュする装置ですよ。ある爬虫類から名前を取って、カメレオンって呼んでいます。なにしろ、社内でも一部の人間しか知らないような研究をするのがこの研究所ですから。知ってる人間は少ないほうが秘密は守りやすいだとか言って・・・・・・本社でも詳しい事を知っている人間は少ないですよ」
「ほぅ・・・・・・」
まぁ、確かに極秘で開発したい機体ではあるだろうな・・・・・・
「アレをACには積めないのか?」
「無理ですね。カメレオンは個々に大型のジェネレーターを三個も装備させないといけないくらいエネルギーを消費するんです。ACに装備させるなんて無理ですよ」
それは残念だ
「レーダーで見えなくなるっていうのならミラージュで開発中じゃありませんでしたっけ?」
「アクティブステルスか?」
「ええ、あれも大食いでまだ実用段階ではないらしいですが・・・・・・実際のところはどうなんでしょうね」

アクティブステルスとは、パッシブステルスに変わって開発された新しいステルスの形だ
電波を拡散させたり特殊な塗料で吸収させたりという従来のステルスをパッシブステルス
電波の波を電波で打ち消してしまうというのがアクティブステルスだ
要は、基本的な物理学
電波の波を同じ波で打ち消してしまうという物なのだが、実際やるとなると難しいらしかった
実現すれば、今までステルス化が難しかったMTやACのステルス化を実現できるという
生存性、機動性などで勝るクレストと、電子戦やステルス技術などで優位に立つミラージュ
流石に得意分野だということもあって、装置そのものの開発には成功したが、エネルギーの消費が激しすぎて実戦には使えないなどという話を聞いたことがある
現在は省電力化して実戦に投入できるように改良中だとか・・・・・・
まぁ、あくまで噂の域を出ないがな
本当はとっくに実用段階まで入っているのかもしれないが・・・・・・
落ち着け
今日は白銀との戦闘に集中するべきだ・・・・・・


基地を出て数時間
道程は半分を過ぎたばかりらしい
研究所周辺の何も無い荒地と違って岩山が目立つようになってきた
研究所周辺と同じく、草木の一本も生えない不毛の土地だが・・・・・・
ふと、待ち伏せには絶好の場所かも知れないと思った

レーダーと睨めっこをしていたオペレーターの一人が指揮官を呼んだ
「なんだ?」
「レーダーに一瞬反応が・・・・・・ログを出します」
「小さいな・・・・・・鳥・・・・・・?」
鳥?
こんな荒れ果てた土地に鳥などいるのだろうか
レーダーに一瞬だけ移った小さい影・・・・・・それは・・・・・・
『止まれ!』
俺とキースが叫ぶのと一番前を走っていた早期警戒機が火を噴くのは殆ど同時だった

「多分、アクティブステルスだ」
俺がそう言うと指揮官は驚いた表情で
「馬鹿な!アクティブステルスなんてまだ実用化されてない筈だ!」
「だけど現実に見えない敵から攻撃を受けている。そうでしょう?」
と俺を援護するのはキースだ
一瞬だけレーダーに映ったのはこちらの電波を中和するのに僅かなタイムラグがあったからだ・・・・・・多分
基地から出たときにアクティブステルスの事をキースと話さなかったら気づかなかったかもしれない

「っく・・・・・・」
突然の襲撃で、部隊は軽いパニック状態に陥ったが意外に優秀な指揮官の指示でなんとか持ち直した
今までの被害は初めに破壊されたポイントマンとMTを乗せていたトレーラーが一台破壊されただけだ
今はMTを全部起動させ、岩山の影を隠れるようにしながら後退中だ
だが、流石の指揮官もアクティブステルスに対抗する手段は持ってないように見える

それはそうだろう
今まではステルスといっても戦闘機、ヘリや戦車といった兵器ばかりだった
その上パッシブステルスには限界があり、完全にレーダーから姿を消すことはできない
高性能のステルス機でも高精度、高処理速度のレーダーならば、何とか捉えられないことも無い
今まではステルスと言ってもMTやACにとってはちょっと厄介な雑魚程度で済んでいた
それがMT、下手をすればACが完全に姿を消して攻撃を仕掛けてきているのだ・・・・・・

「まったく!どうしろというのだ!」
キースもあまりいい手は思いついてないようで、黙って顎に手を当てて考えている
どうして指揮官というのはこうも怒鳴り散らす奴が多いのか
指揮官としての能力は高いのだろうが、これだけはいただけないと思いながら言った
「俺に考えがある」
「・・・・・・何かいい手でも?」
「簡単さ、レーダーで見えないなら」
俺の目を指差して
「目で見ればいい」

「まったく・・・・・・よくそんな無茶をする気になりますね」
「時間も無いしな。ほかにいい手があるか?」
「無いですよ。無いから手伝ってるんじゃないですか」

俺は今黒銀のコックピットにいる
無論黒銀を起動させるためだ
「チェック終了、機体を起こしますよ」
背中の方でガコンという音がしから、だんだんと機体が起き上がっていく
「いいですか?白銀との戦闘もこなさなければいけないって事忘れないでくださいよ?」
「起動確認。システムオールグリーン、S・C・S起動」
「・・・・・・S・C・S起動確認。各機体はデータリンクの接続準備を」

『了解』
と六機のMTからの通信が聞こえる
「各機データリンク接続確認」
「アルファ1・・・・・・OK」
「アルファ5、繋がった」
「こちらアルファ3、確認した」
などと次々と接続確認の通信が入る

「キース、情報の処理は任せたぞ」
「分かってます。任せてください」
即席のプログラムでやるしかないが・・・・・・まぁキースなら大丈夫だろう
後ろに待機していた補給車からスナイパーライフルとシールドを受け取り、マガジンを腰部ハードポイントに取り付ける
今更になって気づいた
今日は雲ひとつ無い
「よし・・・・・・行くぞ!」
そう言って、俺は蒼い空へと飛び立った

上昇するにつれて風が強くなり、気温が下がってゆく・・・・・・
まぁ、これくらいでいいだろう
黒銀の実機で空を飛んだのは初めてだが
こうして自由に空を飛べるのは良いかもしれない・・・・・・
などと考えている暇など無かった
上昇する黒い影に気づいた敵機が攻撃を始めたのだ
飛んでくるミサイルに気づいた俺は、迎撃しつつ余計なセンサーの接続を切って負担を減らし、全身のカメラで地上を策敵する

・・・・・・見つけた、MTだ
「見つけたぞ、大型のMTだ。キース!」
「今やってます!」
俺が見つけたMTの位置情報は一度トレーラーに送信され、処理された後護衛のMT達へと送信される
画像を拡大し、さらに詳細な情報を引き出す
「武装はリニアライフルと二連有線ミサイル・・・・・・動きはそんなに早くは無いぞ、接近戦で仕留めろ」
見つけたMTをカメラで追尾し、攻撃を回避しつつ、別のカメラは既に別の場所を索敵している
自分の動きで自分の中の自分の体がギシギシと軋む
流石に実際やるのとシミュレーションでは違う・・・・・・妙な感覚だ
「また見つけた、敵機は全部で五・・・いや六機・・・・・・手早く・・・片付けてくれよ、疲れるからな」


・・・・・・
俺たちは黒銀が飛んで行くのを地上で見ていた
その間に俺たちも策敵するがさっぱり見つからない・・・・・・
黒銀はある程度上昇すると、上昇するのをやめてホバリングし始めた

「・・・・・・大丈夫なんだろうな、あいつ」
思わず呟いてしまった
そりゃぁシミュレーターで散々相手をさせられたからあいつの腕前は知ってるが・・・・・・
「来たぞ!」
少し離れた岩山の影から黒銀の方へ向かってミサイルが発射された
まぁ、ただのミサイルに撃墜されるような奴じゃ無い
それは皆わかっているので、騒ぎ立てたりする奴なんて一人もいない
心配なのは、俺たちが敵機を全て撃ち落すまであいつは避け続けなければならないって事だ
集中力が切れたら、あんな薄っぺらな機体一瞬でオシャカなのではないか?
「見つけたぞ、大型のMTだ。キース!」
「今やってます!」
そうキースとかいう研究者が言ってから五秒もしないうちに敵の位置が送信されてきた
「武装はリニアライフルと二連有線ミサイル・・・・・・動きはそんなに早くは無いぞ、接近戦で仕留めろ」

「よし、ニコライはグレゴリー、ヴラッドレンはユーリー、エヴァーズマンは俺とのツーマンセルで行くぞ」
『了解』
「手早く仕留めるぞ、GO GO GO !」
俺たちは一斉に岩山の影から飛び出した

「また見つけた、敵機は全部で五・・・いや六機、こっちと同じだ・・・・・・早めに頼む」
「わかってる!悪いがこれでも全力疾走だ!」
叫びながら岩山を回り込み、MTを視認する
「エヴ、二時だ!俺が行く!」
「はいよ!」
エヴァーズマンがバズーカで牽制する
黒銀に気をとられていた敵は反応が遅れ、バズーカを肩にくらってよろめいた
肩のミサイルに引火、爆発し、MTが後ろに倒れる
その隙に俺のMTが接近する
胸部マウントからナイフを抜き取り
逆手に持って敵MTの腹部、コックピットがあるだろうと思われる場所にナイフを突き立てた
「一機撃破!」
・・・・・・


「ック・・・・・・」
流石に呻き声が漏れる
シミュレーターと段違いだ
自分の体の感覚は無いのに・・・・・・
相手の攻撃を避け、過度のGがかかるたびに意識が朦朧とし、ハーネスが食い込み体中がギシギシと痛む
「糞ッ・・・・・・」
有線ミサイルの線が足に絡まった
解いている暇は無い
今も二機のMTからリニアライフルで攻撃を受けている
体中の目を使っているストレスのせいか、一瞬集中力が切れて動きが鈍ってしまった
リニアライフルの独特な閃光が近づく
避け切れない!

咄嗟にシールドで跳弾させようとしたが・・・・・・
リニアライフルほどの高速徹甲弾になると、装甲と弾体は液体として作用し・・・・・・跳弾しないという特性を持つ
弾丸はシールドに大穴を空けて貫通し、腕の装甲を少し削ったところでやっと止まった

今のは、やばかった
落ち着け、集中しろ・・・・・・避ける事と目で追う事に集中するんだ
しかし、こんな事で白銀とまともに殺りあえるのだろうか?
クソッ生身の体が歯がゆい

・・・・・・生身の・・・体?


・・・・・・
「仕留めた」
「こっちも仕留めたぞ」
ニコライとヴラッドレンの両チームも一機ずつ仕留めたようだ
所詮は実験機
しかも敵は、見つからないことを前提にした機体であるためか、接近されてしまうと意外と脆い
こっちは既に二機目を撃破し、既に三機目の所へと向かっているところだ

残りは二機か・・・・・・
上空を見上げると、今まで掠らせもしなかった黒銀がシールドで弾をガードしていた
「急げよ!そろそろあいつも限界だ!」
『了解!』

正直なところ、レイヴンはあまり好きではない
コロコロと鞍替えするような蝙蝠野郎をあまり信じる気にはなれないからだが・・・・・・
たとえあいつの目的が何であれ、今は俺達のために体を張っているのは間違いない
それに答えるためにも、さっさとMTを片付けないといかん・・・・・・

「隊長、三機目!」
リニアライフルをギリギリでかわし、バズーカを撃ち込む
右足を失い、うつ伏せに倒れた敵機にエヴァーズマンが止めを刺す
「三機目撃破!」
「後一機はどこだ?」
「ニコライが交戦中だ、ヴラッドレンもそっちに向かってる」
任せても大丈夫だろうか・・・・・・

いや、念のため俺たちも行こう
そう言おうとした時・・・・・・
「ブラックバァーン!」
鼓膜が破れるかと思うほどの怒鳴り声を聞いた
俺を隊長でなくブラックバーンと呼ぶのは・・・・・・黒銀に乗っているあいつしかいない
上空を見上げると、太陽を背にした黒い影がこちらにライフルを向けている

「・・・・・・な!?おい、狂ったか!」
言い終わる前に黒い影から弾丸が飛んでくる
糞っ垂れが!
何が何だか理解できないままに回避行動をとる
絶対に間に合わないと思ったが、ライフルの弾丸は目の前の地面に命中し、土砂を巻き上げた
そのときに気づいた
巻き上がった土砂の向こう側にある光の塊に・・・・・・
エネルギー兵器か!?
そう思った時にはもう、俺のMTは右肩を吹き飛ばされ、倒れていた
・・・・・・


失敗した
何故今まで隠れていたACに気づかなかったのだろうか
霧の中ではエネルギー兵器の威力が弱まることを思い出し、咄嗟にライフルで地面を撃って砂埃で拡散させたものの・・・・・・あの程度では気休めでしか無い
いや、気休めにすらならないだろう・・・・・・
ブラックバーンが動いただけでも良しとするべきか

倒れているMTを下降しながら見下ろす
胸部の右半分が殆ど欠けてしまっている
助からないかと思ったが・・・・・・
「ク・・・・・・やられた、脱出する!」
どうやら生きていたようだ
破壊されたMTの胸から上が火薬で吹き飛び、その爆発の煙の中から丸いボールのようなものが飛び出す
フリーフローティングコックピットのユニットだ
地面にぶつかる寸前でエアバックが開き、何度かバウンドして転がった
それをエヴァーズマンが急いで回収し、離脱する

「六機目撃破、隊長は無事か?」
「ああ、回収した」
「タンク型AC・・・・・・それもアクティブステルスだ。気をつけろよ」
俺がやるしかないだろう
だが、だいぶ息が上がっている

行く前に、キースのところへ・・・・・・
荷物を降ろしに行くか


・・・・・・
黒銀が戻ってきた
足に巻きついた有線ミサイルを外しながら下降してくる
着地したかと思うと、そのまま疲れきったように膝を着き、四つん這いになった
無線から荒い息遣いが聞こえる
「大丈夫ですか?だから無茶だった言ったじゃないですか・・・・・・」
駄目だ、これ以上は消耗させられない
ACは護衛のMTか増援に任せよう
「キース、お前・・・知ってて黙ってたな・・・・・・」
背筋が凍りついた

「まさか・・・気づいたんですか?」
「まぁな・・・・・・ショックアブソーバーを改良するより、こっちのほうがよっぽど簡単だ」
「駄目です、駄目ですよそれは」
駄目だ、それだけは駄目なんですよ
「それをやったらあなたは・・・・・・!」
「チーフ!」
研究員に呼ばれて、急いでモニターを覗き込む
S・C・Sをモニタリングしていたシステムのグラフを見て、愕然とした
「反転してる・・・あれだけこうならないように改良したのに・・・・・・」
止められなかった、また起こってしまった
「シ、システムの緊急停止を・・・・・・」
「駄目だ!中途半端に転送を中断してしまったら、また彼女のように!」
ディア・アスタルトという男は、彼女と同じように人の域を超えてしまった
「あなたは分かってるんですか!彼女はそうやって、機械のように・・・・・・!」
聞こえてなど、いないだろう
彼女も同じようにして、戦うだけの機械になってしまった・・・・・・
僕らはその二度目の光景を、ただ見ている事しか出来なかった
・・・・・・


手足が痺れたようになり、握り締めていたグリップの感触も、ブーツの感触も無くなった
手足だけじゃ無い全身の感覚が消えうせてしまった
全身が熱い
全身の感覚が圧縮されていく・・・・・・

突然、骨まで焼けるような熱さが消えた
重力からも、肉体からも開放される
どこか懐かしい感覚に包まれながら、俺の体を見下ろす
目を閉じ、全身の力が抜けてぐったりしている
この体からもお別れだな・・・・・・

感慨に耽っている場合では無い
急がなければ・・・・・・
「い・・・くな・・・・・・」
弱々しい声が聞こえた
誰もいなくなったはずの俺の体が呟いた
どころか、体から離脱した俺の足首を掴んでいる
「いく・・・な・・・・・・ディ・・・ア」
かすれるような声で
こいつは俺をディアと呼んだ
「ああ、泣くなよ。その体はもっと早くお前に返すべきだったんだ」
そう言って現実には無い手で頭を撫でてやる
「心配するな・・・・・・」
そう言うと、俺の足首を掴んでいた力が緩んだ


・・・・・・
転送が終わった
トレーラーから降りて、這いつくばった黒銀を見上げる
不意に黒銀が動き出した
コックピットハッチを開き、右手で何かを取り出した
人だ、ディアさんだ
いや、ディア・アスタルトだった物と言うべきなのか
差し出された右手の上に倒れている男を、後ろからついてきた許子さんが受け取る
流石の彼女も困惑していた
黒銀は、命令されてもいないのに動いている?

まさか・・・・・・
恐る恐る通信を入れる
「ディアさん?」
「・・・・・・・・・何だ?」
「何で・・・・・・彼女の時は自我なんて・・・・・・」
彼女の体は殆ど植物人間状態で、自立呼吸もままなら無い筈だった
今もそのまま研究所で眠り続けているというのに・・・・・・
何故この男は息をしているのだろうか
それどころか
「泣いてる・・・・・・?」
確かに姿かたちはディアさんだったが、人相がまるで別人のようだ
黒銀が立ち上がって言った
「頼んだぞ」
「頼むって・・・・・・何をですか?」
「今許子が抱えてる男だ、そいつの・・・・・・本当の名前はロラン・シュラキ」
「ロラン・・・・・・?」

何だ?
何を言ってるんだこの人は
黒銀が大穴の空いたシールドとスナイパーライフルを捨て、補給者から愛用のライフルとブレードを取り出した
「俺と違って、いたって普通の、優しい奴だ」
「何を・・・何を言ってるんですか?どういうことなんですか?」
近くの岩山に流れ弾のレーザーが当たり、砂埃が舞い上がる
「・・・・・・片付けてくる」
「な、ちょっと待・・・・・・」
言い終わる前に黒銀はブースターで飛んでいってしまった
砂埃が口に入り、砂を噛む嫌な感触がした

「クソ!聞いちゃいねぇ!」
思わずインカムを剥ぎ取って地面に叩きつける
悪態を吐かずにはいられなかった
・・・・・・


・・・・・・
この機体・・・・・・ロングボウは良い機体だ
大型のアクティブステルスシステムと、それを動かすジェネレーターのせいでかなりの重量なのが難点だが・・・・・・
敵に発見されずに、安全に敵を倒すことが出来る
それにアイツが用意したジェネレーターは最高だった
今まではアクティブステルスを起動させることで精一杯だったのに、アイツが用意したジェネレーターのおかげでアクティブステルスを積んだまま超高出力のエネルギー兵器を使用することも出来るようになった
最初の攻撃の時も、俺の存在に気づいたのはあの黒銀とかいうACだけだった
その後、黒銀は下がり、クレストのMTと交戦中だが・・・・・・
既に残りの五機のうち二機を撃墜した
奴らは俺のことを発見出来ずに、攻撃を食らってから俺に狙われていることに気づく
俺のようなスナイパーにはうってつけの機体だ・・・・・・
厄介な黒銀が出てくる前にMTを片付けて、さっさと撤退してしまおう
さっさとあいつらをミラージュに連れて帰って・・・・・・

・・・・・・何だ?
今まで交戦していたクレストのMT達が下がっていく・・・・・・
誘っているのか?
まさか、黒銀が動き出したって言うのか?
いや、まさか
「あのシステムは不完全だ。パイロットに負担をかけすぎる・・・・・・二十分戦闘したら一時間は休まねばパイロットがもたないだろう」
確かにアイツはそう言っていた
黒銀のパイロットはMTとの戦いで消耗している筈だ
あと一時間は出てこない筈・・・・・・
だと言うのに!何故、何故黒い影が空を飛んでいるのだ!

速い
マニュアル照準じゃとてもじゃないが追いつかない
まるでレーシングマシーンのようだ
一瞬で察した
こいつからは逃げられない
下がってはいけない
というか、下がっても無駄だ
こっちへ来る前に打ち落とせなければ殺されるんだ、と
・・・・・・


体が軽い・・・・・・
さっきまでの苦痛が嘘のようだ
タンク型のACが狂ったように攻撃を仕掛けてくるが、まるで当たる気がしない
無駄だ無駄だ
レーダーに映らないからどうだと言うのだ?
どこへ逃げても俺の体中のセンサーがお前を追うだろう
高出力高初速高威力大口径・・・・・・だから何だって言うんだ?
どんな攻撃を仕掛けたところでお前の攻撃は全て空を斬るだろう
分厚い装甲?
俺の攻撃はどう足掻こうがお前に逃れ得ない死を与えるだろう

この機体には、何かがある
より強い力を求めて肉の器を捨てさせてしまうような何かが
この機体には、人を変える何かがある
いや、変えるんじゃない呼び起こすんだ
それも無理矢理に、強引に
長い間に人が忘れてしまった闘争本能を
これは黒銀を作った研究者達の意思か?
それとも俺自身の意思か?
あるいはこの機体自身の意思か?
敵を殺せと声がする

敵ACまで距離800
さぁ、やろうぜ
俺には小細工は通用しない
事はとってもシンプルで簡単だ
始めよう、単純な、殺し合いを


・・・・・・
クソッたれめ
いくら撃っても当たる気がしない
最早見てからじゃ避けられないような間合いに居るってのに、トリガーを引く直前になって軌道を変えて来る
当たらない当たらない当たらない・・・・・・
とっくに奴のライフルの射程内の筈なのに一発も撃ってこない
野郎・・・・・・ふざけてんのか?

「なめやがって!」
俺が叫び、両腕のレーザーライフルを撃とうとした時、奴が発砲した
正確な三連射
左のレーザーライフルは左腕が握ったまま肘から下ごと地面に落ちた
右のレーザーライフルはグリップから前が無くなった
肩のエネルギーキャノンはコンデンサーを吹き飛ばされて火花を散らしている
クソッ!クソッ!クソッ!

「・・・・・・化け物め!」
脚にマウントしてあったマシンガンを取ろうとするが、掴む前に奴のライフルで弾き飛ばされた
気づけばもう目に黒銀が立っている
こんな奴どうしろって言うんだ?
掴みかかろうとした右腕も肩から吹き飛んだ
何で俺はこんな奴を相手にしているのだろうか・・・・・・
奴がブレードを振るうのが見えた
モニターが消える
頭を吹き飛ばされたのか?
機体が大きく揺れた
殆ど反射的にサブカメラに切り替える

何やってるんだ俺は
無駄だなんて分かってるだろ?
モニターにサブカメラの映像が映る
・・・・・・筈だが黒い画面のままだ
いや、映ってはいる・・・・・・
俺がサブカメラに映った映像が、画面いっぱいに映った黒銀の装甲だと理解した瞬間・・・・・・
・・・・・・


もう抵抗しなくなった
弱い
ふざけんな
タンクの脚の上に乗り、コックピットのあたりにライフルを突きつける
ガキンというハンマーの音
薬莢の火薬が爆発し、タングステン鋼芯の徹甲弾がバレルの中を炎に押されて加速していく
バレルから吐き出された徹甲弾がACの装甲を貫く
ボルトが後退し、空になった薬莢が排出され
ボルトが前進し、新しい弾をチャンバーに装填する
人が使う銃よりはるかに大きな、ドラム缶のような空薬莢が地面に落ちる
引いたトリガーを冷たいとは感じない
だってそうだろう?
俺の手には体温なんて無いのだから


・・・・・・
それは一瞬の出来事だった
正面モニターの下半分を吹き飛ばし、火花を散らしながら異物がコックピット内に飛び込んできた
驚きの声を発する暇など無かった
痛みなど感じる暇など無かった
ただ
宙に投げ出され
上下が逆になり
腹から上が無くなって
冗談みたいに血が吹き出て
真っ赤なコックピットに座る
自分の体を見た
見ただけだった
走馬灯など見る暇は無かった
家族の事を思う暇は無かった
自分が死んだことなど理解する暇も無かった

理不尽なほどあっけなく
死んだことにも気づかないまま俺は死んだのだ
・・・・・・


「・・・・・終わりましたか?」
「ああ」
「・・・・・・大分被害が出ましたね。トレーラー二台が大破、同じく二台が中破、MTは三機が大破。WIA(戦傷者)は大勢、KIA(戦死者)は現在六名だそうです・・・・・・MTに乗っていたユーリーとニコライにトレーラーの乗員四名。他にも怪我人が多数、大分やられましたね・・・・・・」
「・・・・・・それで?」
「残ったMTと黒銀はトレーラーに乗せず、このまま警戒しながら目的地へ向かいます。まだ本来の目的は達成していませんしね・・・・・・」

「死者だけが戦争の終わりを見た・・・・・・か」
「・・・・・・あなたらしくも無い台詞ですね」
「何だ?」
「いえ、今は進むことを考えましょう」
キースの言う通りだ
まだ白銀という強敵が残っている・・・・・・
「出発しますから合流してください」
「待て、移動しながらでいいから、用意してほしいものがある。有線ミサイルは持ってきてあるよな」
「インサイド用のが・・・・・・でもあれはACに使うには威力が・・・・・・」
インサイド・・・・・・好都合だ
「それでいい、俺の言う通りに用意しておいてくれ」

「・・・・・・」
「何だ?」
「・・・・・・あなたの体はヘリが迎えに来るでしょう」
「・・・・・・そうか」
「どうして、あなたは・・・・・・いえ、何でもありません」
・・・・・・気にはなるが、聞いても答えてはくれないだろう
とりあえず
「頼む」
とだけ言った
作者:NOGUTAさん