サイドストーリー

第2話 ――レイヴン~蒼い火の鳥 バーンストーム~――
――PM8;45――
 
とある市街の上空を、とある一機の輸送機が飛行している。デザイン、フォルムからして、グローバルコーテックスの物だろう。
――となれば、中の積荷は、ほぼ決まったも同然だ。
”レイヴン”と”AC――アーマード・コア”だ。
 
『各レイヴンに告ぐ、各機応答せよ』
「はいは〜い、聞こえますよ〜」
機内放送に能天気な返事をしたのは、レイヴン候補生、ナナミ。茶髪のショートヘアーに童顔といった女性だ。
『AC1、確認。AC2?』
「……聞こえている。続けてくれ」
彼はナナミとは打って変わって、投げやりな言い草だ。
彼の名は、ヒサト=マークハミル。後髪にパーマのかかった、黒髪の青年だ。ナナミとは違い、彼にはあどけなさというものが見当たらない。
『AC2確認。今から15分後、レイヴン試験を開始する。それまで準備をしておけ。合格条件は“生還”。
たとえ命を失うことになっても、こちらは一切責任を請け負わない。以上だ』
「ああ〜、いよいよ憧れの“レイヴン”になれるんだ!」
ナナミの瞳は、希望に輝いていた。夢見る少女とは彼女のような人を示すのだろう。
「ねえねえ! ワクワクしない? もうすぐだよ? もうすぐなんだよ!? 最っっ高ぉ〜〜〜!」
ナナミは通信回線をつうじて、ヒサトに話し掛けた。だが、ヒサトは、スピーカーにチラッと目を向けただけで、まったく無関心のようだ。
「もう、なに? 緊張しちゃって何も言えないほどガチガチなの? しょうがないな〜。そんなんじゃ合格できないよ」
余計なお世話だ。ヒサトは心の中で呟いた。正直、意味もなく煩くて、回線を切ってやりたいところだが、
それをやると、試験放棄とみなされてしまうから、残念だが、しばらくは我慢するしかない。
「チョット! 何か言ってよ! さっきから私、独りで騒いでて馬鹿みたいじゃない!」
そうじゃなかったのか? ヒサトは溜息をついた。
「ねえ、あんた聞いて……」
「一つ、質問してもいいか?」
「え!? あ、うん。い、いいよ」
ナナミは驚いた。また無視するのだろうと予想していたからだ。
「なんで、女のあんたはレイヴンになろうとしたんだ?」
「なんでって……別にいいじゃない。レイヴンは男だけってわけじゃないんだし〜」
ナナミは、少しムキになって答えた。“女”を、意識されたからだ。女性でレイヴンを目指す人間は、数少ない。
現に、引退・現役レイヴンを合わせても、10には満たない。
「あのさ、私も質問してもいい?」
「ああ。答えれる範囲なら、できるだけ答えよう」
「名前は、なんていうの?」
そういえば、お互い名前もよく知らずに会話をしていたのだ。ようやくそんな事に気づいたヒサトは、苦笑した。
「ヒサトだ。お前は?」
「私はナナミ。それ、本名なの?」
「そういうお前はどうなんだ?」
「ふふ〜ん。残念だけど、それは言えないな」
「ああ。俺もだ」
レイヴンは、仕事上恨みを買われることが多々あると聞いた。だから皆、偽名を使うのだ。
実名でエントリーする人間は、いないと言ってもいい。ただし、断言はできないが……。
「ねえ。これが終わったらさ、みんなでお祝い会するんだけど、よかったら来ない?」
「みんな……?」
「うん。ほら、ガレージで、あたしが喋ってた二人。友達なんだ。何か、予定でもある?」
「別にないが……、気が向いたら、な」
「じゃあ、絶対来てよ!」
「おいおい。誰もはっきりと――」
『目標地点に到達。市街地を制圧しているMT部隊全撃破が君達の仕事だ。せいぜい、死なないように頑張ってくれ。幸運を祈る』
試験官の通信によって、肝心の部分が遮られてしまった。もし、モニターがあったら、ヒサトは恨めしい目で試験官を睨みつけていただろう。
「皮肉を言っといて、何が幸運を祈る、よ! ムカついちゃうね」
そう言っている間に、ハッチが開口した。
「よし! ナナミ。AC1――ブルーティッシュ。発進しまっ――」
「おい」
「っと!? もうなに!? いきなり……」
「……死ぬなよ」
ぶっきらぼうな一言だったが、ナナミは、なぜかそれが嬉しく思え、俄然やる気もでできた。
「うん。君もね。絶対くるんだよ!」
そう言い残し、ナナミは先に降下した。
「フン。俺も行くか」
ヒサトは皮手袋を引き絞り、両手のレバーを力強く握り締める。
「ヒサト。AC2――バーンストーム。発進する――!」
そして、彼もまた、戦場へ駆け出していった。
“レイヴン”が、“己”が、どんな存在へ変貌していくのか――。
彼がそれに気付くのは、まだ、遠い未来だった。
作者:フドーケンさん